グループサウンズとちびくろさんぼ

渋谷陽一のトークはやっぱり面白い。ロッキングオンを読んで育ったおかげでそう思うのだろうか。

1978年11月23日から1987年3月20日までNHK-FMで放送された音楽番組「サウンドストリート」がyoutubeでたくさんアップされているのを発見し、とりあえずグループサウンズ特集を聴いてみた。私の結構好きな鈴木ヒロミツがゲストだったからだ。
グループサウンズ全盛期の裏話や秘話を面白おかしく話すものだから、聴きながらケタケタ笑ってしまった。渋谷陽一も毒味あるトークで笑わせ、私の知っている彼の声と比べ寸分も変わらず、30年以上経っているのに色あせない。鈴木ヒロミツは2007年に癌で他界しているのに、まだこの世で生活しているかのような前向きなマインドが声に溢れる。

当時ヒットした様々な曲が流れる。ザ・ゴールデン・カップスザ・ダイナマイツは知っていたのだが、なぜか今まで一度も耳にしたことのないジャックスの「堕天使ロック」が流れた時、心に衝撃が走る。「な、なんじゃこれは」轟音とともに歌謡曲っぽいがシャウトしまくりの歌声、超ネガティブな歌詞。かつてはPILやデペッシュモードなどネガで暗いロックを聴いてきた私だが、今はもう人の親。人生を斜めから見る余裕などない。ネガ全開のジャックスをまっすぐに受け止められないが「す、すきだな」というやや遠慮がちな好意を抱いたのだ。

調べによると活動中に作ったフルアルバムは「ジャックスの世界」ただ一枚だけで、あとのアルバムは制作途中で解散してしまったためライブ音源などの寄せ集めらしい。さっそくレコ屋の500円コーナーで「ジャックスの世界」を手に入れ歌詞カードを見つつ聴き入った。

「からっぽの世界」の出だし「ぼくおしになっちゃった」に目が止まった。
「ミスプリ?星の間違い?」
検索すると「おし」は「唖」で、古くから発話障害を指す言葉でもあるらしい。私は差別用語と意識した途端、「こんな曲発表しちゃっていいのかなぁ」という気持ちになってしまった。だが、「驚いてあげる声」などそれ以外の意味もちゃんとあるのだ。

私が差別用語を強く意識したエピソードがある。子どもの頃に家庭で頻出の「ちんば」という言葉を、友人に「それは差別用語だよ」と指摘されたのだ。ちんばは、洗濯物をたたむ時に片方ずつ違う靴下を合わせてしまった時に「ちんばだよ」といった具合に使われていた。ちんばとは、障害や怪我などで片方の足がスムーズに動かず、うまく歩けないさま、またはそういった人を罵る差別用語である、と字引にはある。

また、対になっているセット物の大きさや形、色などが揃っていないさま、またはそういった物をさすという記載もあるから、かつては日常会話で使用されていたのだろう。ちんばだけではない、他にも様々な差別用語が存在する。

では、いつから差別用語は成立したのか?明治時代に政府が示した教育方針「教育勅語(きょういくちょくご)」で教育による国民統一をはかった時から、すこしずつその兆しは見えていたのかもしれない。土地毎に違う言葉を使っていたものが標準語として統一された時から、言葉はすこしずつ失われていき、言葉の意味そのものも変わっていったことは想像に難くない。

「調べてみると、そもそも「放送禁止歌」という言葉などなかったのである」というのは、千夜千冊「放送禁止歌」での松岡正剛の言葉。差別用語だけではなく、放送禁止歌放送禁止用語、公にしてはいけない「禁」は単なるガイドラインで法律ではないのだ。

絵本「ちびくろさんぼ」がアパルトヘイト反対運動の影響でこの世から姿を消したのは、発禁ではなく出版社の自主回収だった話を思い出した。「出版してこの世に存在することを禁止」されたわけではなく、社会からはみ出すことを恐れた出版社の「自主規制」なのだ。ちなみに、「ちびくろさんぼ」は現在違う出版社が出版権を得てこの世に戻り、再び読まれ続けている。

私たちは、社会から「はみ出す」ことの怖さと普段から戦っているのかもしれない。はみ出る勇気を持つこと、言葉の多様さと向き合うこと、物事を多面的に見ることは死ぬまで忘れたくないぞ。